書評 「歌謡曲」高護著
昭和歌謡曲に材を得た書物は多い。代表的な一冊に「うたの旅人」(朝日新聞出版)がある。朝日新聞土曜版の看板コラムを計三巻にコンパイルしたものでのちにテレビドラマ化もされた。
ひとつの歌がいかにして生まれ、世の人々に愛されていったかーー。 濃密なドキュメントのなかに、ゆかりの地を訪ね歩く旅模様がちりばめられ、読むたび幸せな気分にさせてくれる。
洋楽雑誌の書式をそのまま借りたディスコグラフィやディスクガイドもここ数年増えてきた。俗に「ガイド本」と呼ばれるもので、ライトなZINE感覚が受けている。マニア向けの専門書でありながら、幽遠な世界を覗き見できる YouTube時代に呼応した入門書ともなっている。
本書はその最高位にランクされるべき一冊である。別格と呼んでもいい。ディスコグラフィと銘打たれているが研究書の趣が極めて濃い。
歌謡曲を「様々に和洋混合され無定型に異種交配させた複合文化」と位置付け、その正体に迫る。音名を用いて大胆に、平易な言葉で的確に解説する。曖昧な言葉で逃げることをしない。すべてが腑に落ちる。このような文章を書けるのは高護(こうまもる)をおいて他にいない。
1954年東京生まれ。ライター、パブリッシャー、プロデューサーと様々な顔を持つ。ジャックス、はっぴいえんどの研究者としても名高い。先鋭的なインディレーベル〈ウルトラ・ヴァイヴ〉を主宰。全てがつながっているように見える。
戦前の歌謡曲黎明期にはじまり、60年代、70年代、80年代の三つのディケイドからヒット曲を完全網羅。キャンディーズとピンク・レディーの頁をとりわけ興味深く読んだ。70年代末を彩った二大ガールグループの歌と演奏がいかにして大衆の耳目を集めたかーー。YouTubeからオリジナルサウンドを引っ張ってきて即時検証を行った。こうした楽しみ方もある一冊だ。
おわび:朝日新聞社「うたの旅人」を昭和歌謡曲を扱った書物としていますが、この本にそのような特性はありません。
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