ライヴ評 沢田研二

 19歳の若者が四人の仲間たちに手を引かれ京都から上京。ザ・タイガースの一員として歌いはじめて今年で50年。69歳となった沢田研二がこれまで世に放ったシングルの中から50曲を歌うーー。7月から始まった長い長いツアーを佐賀県鳥栖市でようやくキャッチした(11月27日 鳥栖市民文化会館)。

 60年代から80年代。三つのディケイドで活躍したジュリー。どこが入口だったかでファンのおおよその年齢がわかる。筆者世代、昭和40年男のハイライトはなんといっても77年の大晦日「勝手にしやがれ」での日本レコード大賞のシーンだろう。前年に起きた一般人への暴行事件で世間の評判を落としたジュリーの名誉挽回劇。賞を獲ってから伸びしろが大きく、国民の多くがジュリーの魅力を再認識した。
 翌78年「ザ・ベストテン」放送開始。司会の黒柳徹子との珍妙なやり取りは三枚目なキャラを生み出した。「サムライ」そして「TOKIO」でのパフォーマンスは今も語り草。道なき道をゆきただ一人足跡を残した。まさしく不世出の歌手。
 
 そのジュリーが「今も歌っている」ことに気づいたのは20年ほど前。あぁ。もう五十路なんだな。大して気にも留めなかった。そこからさらに10年が経過。ジュリーはなおも歌い続けていた。「還暦のジュリー」にスポットが照らされ、続けざまにザ・タイガースの再結成コンサート。時ならぬブームに沸いた。

 筆者は一昨年秋、広島にて初鑑賞。刎頚の友・加瀬邦彦の死を悼み、加瀬氏の楽曲のみで構成した素晴しいライヴだった。
 終演後、会場を出たところで写真家の大西理江子氏とばったり。「大西さんがジュリーなんて意外ですね」と言うと口を尖らせて猛抗議が待っていた。訊けば彼女にとって人生最初のロックコンサートがジュリーであり、以来、今日まで追い続けているという。「ジュリー=ロック」という位置づけ。これが大きなインスパイアとなった。以来、秋から冬に向かうこの季節、ツアーデイトを注視するようになった。

 鳥栖市民文化会館はかつてのGS少女たちで溢れかえっていた。思い思いに急ごしらえのファッションが束の間の非現実を現していた。定刻17時きっかりに「あなたに今夜はワインをふりかけ」でショーは幕を開けた。
 優雅さと気品を湛えたジュリーらしい一曲。実は「サムライ」のB面曲。いきなりの反則技である。しかしオーディエンスは特に驚いた様子もなく手拍子を送る。どうやらSNSでセットリストが「ネタバレ」している模様。2曲め3曲めともまるで手元に資料があるかのような「予定調和」に中高年たちのスマホ事情が垣間見える。

 古希までリーチとなったジュリーは元気いっぱい。かつての八頭身がどんな配分だったか思い出せないほどのルックスの変わりようだが、ステップにジャンプに往時のままの身のこなしが嬉しい気分にさせてくれる。声は一段と野太くなった。オリジナルキーのまま低いところから高いところまで歌い切る。

 「鉄人バンド」がこの日も超絶な演奏を聴かせる。ギターの柴山和彦は80年から活動を共にする右腕の存在。紅一点ドラムスのGRACE (グレース)はインディーズバンド・麝香猫の出身。我々と同じ村からオリンピックに出たようなそんな誇らしさがある。「バックバンド」ではなく、あくまでもジュリーを含めたロックバンドというスタンスがいい。

 MCをほとんどしないのがジュリー流。 ましてやこの日は50曲を歌うとあってボヤボヤしてられない。デヴュー曲「君をのせて」から「勝手にしやがれ」までの70年代前中期の楽曲が多く選ばれた。Satomin de Mのカヴァーで近年注目される「自由に歩いて愛して」など通好みの選曲も。全て1番を歌ってサビにいく「テレビヴァージョン」。曲によっては物足らなさも感じられた。

 一足早く10月の広島公演を観た大西氏はこう語る。「数々の名曲を一度に聴けて(見れて)素直に感激でした。それぞれ曲の時代に帰るような感覚がありました。懐メロではなく、今も現役のジュリーだからこその歌の響き方があったと思います」

 全国66ヶ所にも及ぶ過酷なツアー。ビートバンドを従えての大音量のステージ。ディナーショーでカラオケを歌って小銭を稼ぐのとはわけが違う。
 今も新曲を毎年リリースしライヴでは必ず歌う。昔の曲しか歌わせてもらえないテレビには断固として背を向ける。しかし、こうしてライヴではファンそれぞれの心にあるフェイヴァリットを心を込めて歌う。そしてーー六つめのディケイドでも新たな沢田研二を創出し続ける。会場を埋めたオーディエンスの誰もが同じ思いではなかっただろうか。アンコールの拍手の間そんなことを考えていた。幕があがりもうひとつ驚きが待っていた。

 長い長いMCだった。50年の歌手活動を振り返り、栄光と挫折の日々をギャグを交え訥々と語ったジュリー。時に脱線し、時に同じハナシに後戻りしながらの20分間だった。強く感じられたのはザ・タイガースへの愛着である。懐かしむのではなく、今もそこに自分の籍があるような、そんな言の葉だった。

 アンコールではこの日唯一フルコーラスで「いくつか場面」を歌った。若き日の河島英五からの提供曲で75年のアルバムに収録。実は10周年のライヴでも最後の曲に選んでいる。2番の歌詞のシークエンスをザ・タイガースでの日々と重ね合わせるようにこの日も歌った。誰かを抱きしめるようにして。ジュリーの原点であり今なお原動力。19歳、新幹線で四人の仲間たちと上京したときと変わらぬ思いに触れ、しばらくのあいだ涙でステージが見えなかった。



いくつかの場面

いくつかの場面があった 瞼を閉じれば
喜びにクシャクシャになった あの頃あの顔
淋しさにふるえていたあの娘
怒りに顔をひきつらせ去って行ったあいつ
泣きながら抱きあっていた あの人とのことを
瞼を閉じれば 数々の想い出が胸を熱くよぎる
そしていつも心を離れない
幾人かの人達がいた
出来るならもう一度 僕の囲りに集ってきて
やさしく肩たたき合い 抱きしめてほしい

いくつかの場面があった 瞼を閉じれば
いつも何かが歌うことをささえ 歌うことが何かをささえた
野次と罵声の中で司会者に呼びもどされた
苦い想い出のある町 有頂点になって歌ったあの町
別れの夜に歌った淋しいあの歌
瞼を閉じれば 数々の想い出が胸を熱くよぎる
そしていつも心を離れない
幾人かの人達がいた
出来るならもう一度 僕の囲りに集ってきて
やさしく肩たたき合い 抱きしめてほしい


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「めがね とけい は おくたき」は宇部市鵜の島(山口県)の眼鏡・時計店です。「おくたき」は眼鏡と時計の販売を始めて63年。THEO(テオ)アンバレンタイン エフェクターなど眼鏡の量販店にはないヨーロッパの眼鏡を「おくたき」では多数取り揃え。経験に裏打ちされた時計の修理 電池交換 ブレスの調整を承っております。

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