惜別 高木守道
エース星野仙一が人生のマウンドを降りたのは二年前のちょうど今ごろでした。昨夜飛び込んできた訃報に接し「またか」という言葉しかありませんでした。昭和49年のV戦士はこれから順にフィールドを去っていくのでしょうか。元中日ドラゴンズ、高木守道さん死去。
バックトスの名手と謳われました。職人肌の選手の多いチームにあってその筆頭格。昭和、平成、そして令和へと受け継がれるドラゴンズのカラーを体現した人でした。
二度に渡る監督時代には天国と地獄の両方を体験。古希を過ぎても衰えることのない気性の激しさもまたこの人の真骨頂でした。投手コーチ・権藤博とのぶつかり合いはどこか滑稽で、しかし男臭く、人間味に溢れていました。
写真のサインは昭和51年頃、広島市民球場にてサイン帳に頂いた一枚。背番号を「No.1」と綴る静かなるダンディズム。カッコいい野球選手でした。ご冥福をお祈りいたします。
※1月17日付instagram投稿文を加筆しました。
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