下関大洋ホエールズ

 横浜DeNAベイスターズは今年球団創設70周年を迎える。これを記念し、前身の大洋ホエールズの「最初の本拠地」である山口県下関市でオープン戦の開幕試合を行う。創設年の復刻ユニフォームを全選手監督コーチが着用。「下関大洋ホエールズ」が一日かぎりで復活する。

 このニュースがネット上を駆け抜けたのが昨秋11月のこと。ユニフォームを着てニッコリと微笑む筒香嘉智を見て、興奮を抑え切れない一組の夫婦がいた。オクタキである。「こりゃ見に行かんと!」。にわかファンとはこのことである。メモリアルゲームを10倍楽しむべく夕飯の席で「大洋ホエールズ講座」を開催。「大洋の強打者の証、背番号26を付けた選手を年代順に並べなさい」。やがて妻はげんなりとするのだった。

 大洋ホエールズが下関を本拠地としたのは1950年から1952年にかけて。わずか3シーズンのみ。私は小学6年のときに父からそう教わった。これがにわかには信じ難かった。カクテル光線きらめくプロ野球がこんな田舎に存在したなど想像もつかなかったのだ。歴史書を紐解いても、どこにもそんなことは書かれていない。後年、後楽園球場に隣接する「野球体育博物館」の図書室を借りてようやく文献に辿り着いたが、ヴィジュアルには出会えなかった。まさしく幻の球史。

 それだけに今回のイヴェントは大きな価値がある。語り部を当時の選手・関係者に限ることはない。下関球場でホエールズを観たという人々の声を片っ端から拾い集め、失われた球史を蘇らせてほしい。親会社はもちろん林兼商店(*のちに大洋漁業。現マルハニチロ)。捕鯨で栄えた下関の往時の人々の暮らしを知る機会ともなるだろう。

 ホエールズ(ベイスターズ)を下関で観るのは実に36年ぶり。今回奇しくも同じ対戦カードとなった。二枚のチケットを並べ、36年間のベースボールヒストリーに想いを馳せる。親から子へ歴史を伝えていく。プロ野球はそんなふうにして繁栄してきた。楽しみ方は今も変わりない。「夫が妻にスパルタ授業をしてどうするのよ」。隣の部屋から声が聞こえる。

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