宇部井筒屋閉店
百貨店閉店のニュースはいつも悲しい。頭上高くから降りてくるシャッターがギロチンのように見える。宇部市で唯一の百貨店「宇部井筒屋」が本年限りで閉店する。
苦境が続く北九州市の老舗・井筒屋。そごう破綻の「ババ抜き」でコレットを背負わされ、新装なった博多駅ビルからは追い出され、この十年いいことが何一つなかった。構造改革をいよいよ迫られ、北九州市と山口県の5店舗のうち3店舗を削減する「荒療治」となった。
宇部店は中心市街地の空洞化のなか孤軍奮闘を長年強いられた。売上の低迷に加え、老朽化した店舗の改修を迫られ、とうとうギブアップとなった。
市民の反応は様々である。「なくなる」と聞いた途端に愛着を口にする日本人独特の感情はここでも変わりない。「(高額当選続出のパワースポットとして知られる)宝くじ売場はこれからどうなるんだろう」という声が大半を占めるのがなんとも物悲しい。私もここ十年は閉店30分前に地下の食材売場で「半額」のプレートが出るのを待っている迷惑な客だったから偉そうなことは言えない。
それでもソワソワザワザワした気分から抜け出せないのは「百貨店」がなくなることへの喪失感、もっと言えば恐怖感だろう。「ショッピングセンターがいくらでもあるじゃないか」。まったくそうは思わない。百貨店は小売り業の頂。間違いのない品を黙って出してくれるところであり、それこそが百貨店の矜持に他ならない。我が家では亡父は贈答品を井筒屋でしか買わなかった。「井筒屋」の紙包みに拘った。「蒲鉾の味が変わるわけじゃあるまいし」と私は茶化したが、今になってそれがステータスだと気づく。井筒屋はこの街の品位だった。
老舗の商店が次々と暖簾を下ろし、ピラミッドの頂を失ったこの街は、この先どんなストーリーを描いていくのだろう。「ネットでポチでなんでも買える時代」。若い人と同じセリフを80歳代の女性が口にする。たしかにそうだろう。ZOZOスーツで至れり尽くせり自由自在。しかし、これから十年、二十年、百貨店のない街で我々は暮らすこととなる。それだけは紛れもない事実である。
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